橘たかし no 皆の仲間: 第6回 ブラック企業とは私の就労体験から言える事

2021-07-13

第6回 ブラック企業とは私の就労体験から言える事

はじめに

今回は「働くとは」をテーマにお話します。

「働く」を他の言葉に置き換えると、さまざまな表現があります。

労働、仕事、職業、就労etc.

これらの言葉に明確な区別はなく、たとえば相手の仕事をたずねる時は

「ご職業は何ですか。」

と言ったりします。

そして兎角このテーマを持ち出すとありがちなのが人生において価値あるものといった精神的な側面を語りがちです。

しかし、ここではもっと即物的なことからお話します。

それは納税義務です。

(追記 2021.7.13)

脱税

日本に住んでいて納税を逃れることは可能でしょうか。

ふと思い浮かぶのが自給自足生活です。

でも耕す土地が自分のものなら固定資産税が課せられます。

小作ならどうでしょう。

地主に小作料を必ず現金で払わなければいけません。

なぜなら地主に固定資産税が課されるからです。

小作人も作物を売って現金収入を得なければいけません。

得た現金が基礎控除額を超えれば所得税が課せられます。

なお給与所得者以外の人(主に個人事業主)は金額いかんを問わず毎年確定申告が必要です。

また農作業の合間の一服の煙草にはタバコ税が課せられます。

さらに夕飯の晩酌には酒税が課せられます。

なお無届で煙草や酒を造ると処罰されます。

日本では近代(江戸時代も含め)において国民は皆納税義務を負います。

納税はすべて貨幣(江戸時代では米)で行います。

したがって人は貨幣を持ち合わせてないと納税する事が出来ません。

だから「働く」のです。

現金収入を得るためです。

もちろん配当金、譲渡益、年金からも納税します。

一見働いて得たお金でない(不労所得)ととられがちです。

しかし配当金、譲渡益は他の人が働いて得たお金から支払われます。

また年金も自分が働いて得たお金の一部を保険料として納めています。

したがってタックス・ヘイヴンへ住まないがぎり働かなくてはいけません。

(追記 2021.7.13)

タックス・ヘイヴンでも条件があります。

納税義務を免除する代わり国有銀行へ一定額以上を預金するとか国が提供する不動産を購入するとかです。

では納税を廃止すれば働かなくて済むのでしょうか。

それにも問題があります。

貨幣とは

これから話す内容は解り易くするため極力単純化します。

まず日本が誕生した時に時を戻します。

なお史実とは全く関連はありません。

最初に政府は国民に納税を課すためお金を給付します。

(追記 2021.7.14)

ここの個所が日常から導き出される常識では理解に苦しむところです。

専門的には信用創造と呼びます。

建国時、市中に貨幣が全く存在しない状態から必ず始まります。

だから政府は、これからこの貨幣を使えと配るしかないのです。

しかし歴史上こんな事はめったにおきません。

建国は、だいたい建国前にあった国を滅ぼしてするからです。

したがって国民は旧貨幣は持っています。

現実的には旧貨幣を新貨幣に交換する形で行われます。

無償の理由は国民を信頼しているからです。

つまり将来に渡って必ず税金として返ってくると期待してるからです。

去年の今頃給付された10万円と同じ理屈です。

これだけのお金だと国民は納める税金が足りなくなるのでお金を稼がなければなりません。

(追記 2021.7.14)

貨幣経済以前は食べ物などは自分たちで耕作したり他の人が作った物と交換したりして調達していました。

現代は農民よりサラリーマンが大多数なので貨幣がないと食べ物を調達できない社会になってしまっているだけです。

現代でも家庭菜園をやると、なんだか現金を使わなくても日々の暮らしが、なんとなくおくれてしまうのは、そのためです。

そこで近くの山に行き木の実や茸を採って集落で売ります。

珍しい木の実や美味しい茸を売ってた人は、どんどんお金が貯まります。

一方珍しくない木の実や不味い茸を売ってた人はお金が貯まりません。

しかし納税はしなくてはならず、とうとうお金が底をつきそうになります。

仕方ないので政府は、またお金を給付します。

そして、どんどん市中のお金が膨れ上がってきます。

お金が貯まり続けている人と一向に貯まらない人の不均衡が徐々に増していきます。

とうとう、お金持ちは貧乏人に自分の代わりに木の実や茸を売らせたりします。

代わってもらった間の時間に値するお金を貧乏人に与えたりします。

しかし、その額が多いだの少ないだの、もめたりします。

そこで政府は、いっぱい儲けた人には多めに税を課します。

(追記 2021.7.15)

干ばつで木の実や茸が沢山採れなかった年は減税します。

国民の負担を減らすためです。

つまり不均衡を是正しようとします。

よって税を廃止すると、もめごとが一向に治まりません。

(追記 2021.7.25)

国が納税義務を課すことで、もめごとが発生したとも解せます。

しかし、そもそも納税義務を課さない国など存在するのでしょうか。(タックス・ヘイヴンは、ここでは議論しません)

一般に言われる事で公共インフラを国は整備しないといけません。

分かりやすい例だと道路や橋、ダムといったインフラ(社会基盤)です。

そしたインフラに税金が使われるといった戯言を言いたいわけではありません。

その財源は貨幣を国が発行して賄えば良いのですが、そこに携わった国民に代金が支払われます。(食物でも良いのでしょうが普通、国は耕作しない)

すると税を課さないとインフラ整備に駆り出された国民は増々金持ちになります。

やはり納税は必要です。

治安が悪くなるのです。

国を保つために治安を維持することは一番重要です。

つまり貨幣は国の維持に大切な役目をします。

現代に照らしてみて

さて時を現代に戻します。

現代の政府が躍起になっているのが財政均衡です。

つまり納税された金額だけしか支出しないことが良いことだという考えです。

しかし、これは先ほどの話からお分かりのように誤りです。

現代の日本国民の多くは所得が伸び悩み貧しい思いをしています。

一方一部の国民には富が集中しています。

これらは現代の政府が誤った財政を行っているため起こっています。

一刻も早く正しい貨幣観に基づいた政策を行って頂きたいものです。

おわりに

ある会社の社長が新年の挨拶で

「諸君が我が社で働くのは納税のためだよ。」

なんて、みっともなくて口が裂けても言えません。

だから、もっともらしい理屈を述べるのです。

そして、その理屈を鵜呑みにした社員が出世して社長になったりします。

すると日本国中、そうした社長だらけになっているのが現代です。

「時を戻そう。」は一昨年の流行語らしいです。

この言葉流行で終わらせたくないです。

早く誰か時を戻して欲しいです。

付記(多様性とは)

今回は現代貨幣理論(MMT)に基づきお話ししました。

緊縮財政論者とMMT論者どちらに軍配が上がるのでしょうか。

これは見方を変えると多様性(ダイバシティー)の賜物とも言えます。

これまでの価値観を超えた双方の存在を認め共に生きるといった意味です。

また理想主義をやめリアリストになれと示唆しているのでしょうか。

さらに多様性とは、ある事実を相対的に捉えた考え方です。(ポストモダン)

そこには双方の言い分を聞き入れ妥協点を見出すといった民主制は成り立ちません。

これは近代の終焉を意味すると解する方もいます。

精神を重んじた中世を捨て、もっと物質に目を向けていった近代から人類は何処に向かうのでしょうか。

それは何処か又の機会にお話します。(つづく)

関連ブログ

第5回 ブラック企業とは私の就労体験から言える事


0 件のコメント: